眠れなかった

 

さっそくわたしの飽き性なところが出てしまっている。

 

はてなブログが続かない。

 

続かないというか、実際には第2回にして重すぎるテーマを選んでしまってなかなか書き上がらないのだ。

 

もういいや、と一睡もできぬまま夜明けを迎えた朝4時にしょうもないことを書いている。

 

 

 

次の日予定があるのに眠れないというのはなかなか厄介だ。

 

なんとか眠れるように目を閉じて心を無にしてみたりフランス語の本を読んでみたり、挙げ句の果てにピアノを弾いてみたりしたけどどうにも眠れない。

 

前日昼の12時に起きて家事をして寺山修司を読んで軽く運動して、まともに活動したのが17時からのバイトだったのがたぶん原因だろう。

 

眠たさなんてどこにもなくて、ダイエットから来る空腹が頭の中を支配している。

 

 

 

ところで寺山修司って本当に最高の男ですよね。

 

あの思考回路とあの言葉選びのセンス、バッチバチにわたしのmindを刺激してくる。

(時として日本語で端的に言い表せない外国語が何かを表現するにあたって最適な場合がある。やはり言語は面倒くさい。)

 

寺山修司寺山修司たらしめたもの。

東北生まれというアイデンティティ、幼少期の思い出、ボクシング、競馬。

 

彼の若い頃の回想録を読んでいると色付けしてるんじゃないかと思ってしまうくらいの激動の人生を送っている。

 

いや、実際には多かれ少なかれ色付けはしているだろう。

でもそれでもロマンティックにアングラ漂う人生を書き記しているからそれはそれでいいじゃないか。

 

わたしは彼の使う日本語が好きだ。

 

日本語って面白いことに同じ意味でもその人の言葉選び次第で雰囲気が全く異なることが往々にしてある。

 

かく言うわたしもここで使っている口調はここだけのものでSNSや日常ではもっとふわっとした雰囲気で話している。

 

寺山修司の日本語は一言で言えば“鋭い”。

 

だが、ジャックナイフのように人を傷つけるような鋭さではない。

 

彼の日本語には同時に感情の激しさからくる熱さ、つまり“情熱”があり、刃物を作る際に摂氏何百度にも熱せられた鋼のような荒々しさと美しさを感じる。

 

彼の日本語は、たとえ何十年前のものでも、彼が亡き人となった今でも、煌々と生きているのである。

 

好き嫌いを一刀両断する鋭さとか、ストレートに物を言う鋭さとか、己の感情をそのまま言語化する鋭さとか、そういう鋭さがわたしの心にスンと入ってきて、自分の中の何かモヤモヤとしていたものにスパッと蹴りをつけてくれる。

 

止まったら死ぬマグロのように人生を駆け抜けていった彼の情熱が私に新たな扉を開いてくれる。

 

寺山修司は確実に私を私たらしめるものの一つである。

 

だからね、寺山修司は最高の男だよ。

 

 

 

、、、と、これ以上書くと終わりが見えなくなりそうなので今日のところはこの辺りにしておこうと思う。

 

あ〜あ、おやすみなさい。

 

私は

 

20歳の大学生だ。

 

ここ一年あたりでいろんなことがあっていろんなことを考えるようになって、私の考えを言語化すること、つまり書き物をすることへの衝動に駆られたのでブログを開設した。

 

人に見せる用じゃないけど見られてもいい、というスタンスで書いていこうと思う。

 


 

SNSのIDなんていつも同じにしてるけど、知り合いに簡単に見つかりたくないから、しばらくぶりにIDを考えた。

 

pommeはりんご

papillonはちょうちょ

voitureは車

 

IDに並んでる3単語は、小さい頃ベルギーに住んでいたときに覚えてた数少ないフランス語の言葉たちだ。

 

 

私は九州出身の両親を持っていて、ベルギーで生まれ、名古屋で育ち、現在は東京に住んでいる。

 

そして今、アイデンティティの危機みたいなのにやんわり直面してる。

 

 

“母の味”は九州風だけど、方言は喋れないし。

 

ベルギーに親しみを感じるけど、今の私はもうただの日本人だし。

 

名古屋に住んでたけど、ここは仮住まいだという気持ちでいたし。

 

そんなこんなで東京に出てきて1年が経って、自分の故郷がどこなのかわからなくなった。

 

今は実家が名古屋にあるけれど、親はゆくゆく九州に帰ると言っていて、今の家はお姉ちゃんが未来の旦那さんと一緒に住むらしい。

 

そしたら?そしたら私の帰る場所はどこ?

 

帰る場所がない、自分の帰属意識をどこに向ければいいのかわからないというのはかなり不安だ。

 

エドワード・サイードほどではないけど、アイデンティティの問題は日に日に私の中で大きくなっている気がする。

 

 

 

大学ではフランス語を専攻しているが、それは中学生のときにはもうすでに決めていたことで、ベルギーで生まれ育ったという自分のアイデンティティに寄り添いたいという思いがあったんだろうな、と思う。(フランス語はほとんど覚えてなかったけど)

 

フランス語を勉強し始めて1年が経ったこの間の春休みに、姉と二人で15年ぶりにベルギーを訪れた。

 

昔住んでたマンション、よく遊んでた公園、嫌いだった幼稚園、記憶に残ってた広場。

 

生まれ故郷のはずなのに、思ったことは「こんなだったっけ」。

 

 

ふるさとは 遠きにありて 思ふもの

そして悲しく 歌ふもの

 

 

室生犀星の小景異情の冒頭が頭に思い浮かぶ。

 

私にとってベルギーは故郷であることに変わりはないが、それは想いを馳せる場所であって、帰る場所ではなかったのかもしれない。

 

日本に戻ってきてからそのショックがじわじわと襲ってきて、どうしようもない不安な気持ちで落ち着かない。

 

このアイデンティティの危機にどう立ち向かっていくべきか。

 

卒業後も住み続けるであろう大都会・東京で家庭を持てば、何十年か後に東京が私の故郷になるのだろうか。

 

わからない。


どこにいても自分はアウトサイダーであると感じる虚しさは結構しんどい。

 

 

 

「ここではないどこかへ」

 

 そう思い続けたのが今の結果。 

 

 

 

「なんか怖くてなんかさみしい」

 

多分これが私の一番素直な気持ち。

 

 

 

でも怖くてもさみしくても思考することをやめたくはない。

 

自分のまとまってない考えを言語化するというのは難しいけど、いつか自分が自分を納得させられるように書き記していきたい。

 

簡単に答えの出ないことばかり考えてしまうけど、きっと無駄なことではないと信じたい。

 

いつか自分のアイデンティティをしっかりと認識し、そこが私の帰る場所となり、その場所に誇りと安心感が持てる日が来ますように。

 

「ここではないどこかへ」でもなく「理想の故郷」でもなく、「今、ここ」を見つめよう。

 

寺山修司大森靖子という二人の偉大な詩人に憧れながら、私も私の詩をつらつらと書き連ねていこうと思う。