私は

 

20歳の大学生だ。

 

ここ一年あたりでいろんなことがあっていろんなことを考えるようになって、私の考えを言語化すること、つまり書き物をすることへの衝動に駆られたのでブログを開設した。

 

人に見せる用じゃないけど見られてもいい、というスタンスで書いていこうと思う。

 


 

SNSのIDなんていつも同じにしてるけど、知り合いに簡単に見つかりたくないから、しばらくぶりにIDを考えた。

 

pommeはりんご

papillonはちょうちょ

voitureは車

 

IDに並んでる3単語は、小さい頃ベルギーに住んでいたときに覚えてた数少ないフランス語の言葉たちだ。

 

 

私は九州出身の両親を持っていて、ベルギーで生まれ、名古屋で育ち、現在は東京に住んでいる。

 

そして今、アイデンティティの危機みたいなのにやんわり直面してる。

 

 

“母の味”は九州風だけど、方言は喋れないし。

 

ベルギーに親しみを感じるけど、今の私はもうただの日本人だし。

 

名古屋に住んでたけど、ここは仮住まいだという気持ちでいたし。

 

そんなこんなで東京に出てきて1年が経って、自分の故郷がどこなのかわからなくなった。

 

今は実家が名古屋にあるけれど、親はゆくゆく九州に帰ると言っていて、今の家はお姉ちゃんが未来の旦那さんと一緒に住むらしい。

 

そしたら?そしたら私の帰る場所はどこ?

 

帰る場所がない、自分の帰属意識をどこに向ければいいのかわからないというのはかなり不安だ。

 

エドワード・サイードほどではないけど、アイデンティティの問題は日に日に私の中で大きくなっている気がする。

 

 

 

大学ではフランス語を専攻しているが、それは中学生のときにはもうすでに決めていたことで、ベルギーで生まれ育ったという自分のアイデンティティに寄り添いたいという思いがあったんだろうな、と思う。(フランス語はほとんど覚えてなかったけど)

 

フランス語を勉強し始めて1年が経ったこの間の春休みに、姉と二人で15年ぶりにベルギーを訪れた。

 

昔住んでたマンション、よく遊んでた公園、嫌いだった幼稚園、記憶に残ってた広場。

 

生まれ故郷のはずなのに、思ったことは「こんなだったっけ」。

 

 

ふるさとは 遠きにありて 思ふもの

そして悲しく 歌ふもの

 

 

室生犀星の小景異情の冒頭が頭に思い浮かぶ。

 

私にとってベルギーは故郷であることに変わりはないが、それは想いを馳せる場所であって、帰る場所ではなかったのかもしれない。

 

日本に戻ってきてからそのショックがじわじわと襲ってきて、どうしようもない不安な気持ちで落ち着かない。

 

このアイデンティティの危機にどう立ち向かっていくべきか。

 

卒業後も住み続けるであろう大都会・東京で家庭を持てば、何十年か後に東京が私の故郷になるのだろうか。

 

わからない。


どこにいても自分はアウトサイダーであると感じる虚しさは結構しんどい。

 

 

 

「ここではないどこかへ」

 

 そう思い続けたのが今の結果。 

 

 

 

「なんか怖くてなんかさみしい」

 

多分これが私の一番素直な気持ち。

 

 

 

でも怖くてもさみしくても思考することをやめたくはない。

 

自分のまとまってない考えを言語化するというのは難しいけど、いつか自分が自分を納得させられるように書き記していきたい。

 

簡単に答えの出ないことばかり考えてしまうけど、きっと無駄なことではないと信じたい。

 

いつか自分のアイデンティティをしっかりと認識し、そこが私の帰る場所となり、その場所に誇りと安心感が持てる日が来ますように。

 

「ここではないどこかへ」でもなく「理想の故郷」でもなく、「今、ここ」を見つめよう。

 

寺山修司大森靖子という二人の偉大な詩人に憧れながら、私も私の詩をつらつらと書き連ねていこうと思う。